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PROFILE
ロックンローラー 甲本ヒロト
ロックンローラー 甲本ヒロト 1963年3月17日、岡山県岡山市生まれ。 1987年、THE BLUE HEARTSのボーカルとしてメジャーデビュー。1995年に解散後、ギターの真島昌利(マーシー)と共にTHE HIGH-LOWSを結成。2006年よりギターのマーシー、ベースの小林、ドラムスの桐田の4人でザ・クロマニヨンズとして活動中。ザ・クロマニヨンズは毎年コンスタントにリリースを重ね、2025年9月の『キャブレターにひとしずく』がシングル28枚目、同年10月の『JAMBO JAPAN』が18枚目のアルバムに。レコードやバイク、昆虫好きとしても知られる。

SAPIENS COVER INTERVIEW 「甲本ヒロト」

本当にやりたいことが見つかる瞬間

2025年7月、何気なくSNSやネットニュースを見ているとフジロックフェスティバルのあるワンシーンに目を奪われた。それが甲本ヒロトが上半身裸、Tシャツを履いてオーディエンスを沸かせる姿。ステージに登場した際は松葉杖を突き、その杖を颯爽と捨て、マイクスタンドを握る姿に、青春時代に日々感じていた昂りが再燃した。 ”甲本ヒロトって、やっぱりかっこいい“

1980年代に初めて目にした時から、約40年経った今も変わらない。むしろ、年を重ねるほどに研ぎ澄まされていくよう。今回のSAPIENSのテーマである「普遍の価値」「普遍の存在」を語る上で甲本ヒロトほど納得できる、しっくりくる人はいない。多くの人にとって青春とロックの象徴であり、生き方の限界線を見せ続けてくれる。その人となりや思考から「普遍」の本当の意味を探り出したい。

意味なんてなくて良い

2025年10月29日にリリースされたニューアルバム『JAMBO JAPAN』。ザ・クロマニヨンズにとって通算18作目となるオリジナルアルバムだ。スピード感あふれるギターとハープが印象的な『キャブレターにひとしずく』を1曲目に、甲本ヒロト氏と旧知の仲である俳優の松重豊氏が監督・脚本・主演を務めた映画の主題歌『空腹と俺』、ギターの真島昌利氏がザ・クロマニヨンズでは初めてボーカルを担当した2つの楽曲と、全12曲からなる。ザ・クロマニヨンズが結成されたのが2006年。本作が18枚目ということはほぼ1年に1回のペースで新たなアルバムをリリースし続けているということ。まずはそのバイタリティがどこからわいてくるのか聞いてみた。

「アルバムを作ることにやらされている感覚は一切ないんですよ」と、とても穏やかな語り口で話し始めたヒロト氏。ステージで歌う姿からは想像できない、とても柔らかな人柄。その雰囲気に一瞬で緊張はほぐれる。 「ぼくとマーシーで日々好きに曲を作っていて、何曲かできあがったら、じゃあアルバムにしようか、と。そんな感じです。当然ですが、この曲をシングルにしようなんて考えもないんですね。アルバムタイトルもメンバーと思いつくままに決めています。英語のタイトルが多いのは…普通になんかジャケットやツアーTシャツにしたときにかっこいいでしょ(笑)。子どもでもわかるような単語の組合わせで、響きがいいものを選んで。なので、そこに意味はないんですね」

作品に意味を持たせないというのは、とても興味深い。往々にして何かを発信する際、そこに意味を持たせることで鎧をまとい、自分自身を安心させるという工程を踏みがちである。理論武装して、自分の主張や立場を守ろうとうするなんてことも日常茶飯事だ。でもヒロト氏は違う。「意味なんてなくて良い」と、こともなげに言う。

 

ダメなことは一つもない 自分が興味を持つかどうか

ヒロト氏がロックンロールに目覚めたのは、中学生になる直前、小学校を卒業した春だった。
「ラジカセでふとラジオを聞いていたら、今まで聴いたことがない音楽が流れ始めたんです。その曲を耳にしたときはそれこそ雷に打たれたような感覚で、その間の意識はありませんでしたね。自分の身に何が起こったのか分かりませんでしたが、ぼくはこんな音楽を作りたいんだ、やりたいんだって思ったんです。不思議ですよね。それまで音楽なんてまったく好きじゃなかったですし、興味さえもなかった。ただ、ラジオで流れていた曲を耳にしてから、本当にやりたいことが見つかったんです」

そのときラジオで耳にした曲名は覚えていないというが、その後1960年代のブリティッシュ・ビートに改めて触れ、そのビートやリズムに心を鷲掴みにされたヒロト氏。レコードを手に入れ、盤がすり減るほど聴きまくる。その時間が至福だった。そして、それから40年以上経った今も変わらない。日々好きなレコードを聴き、その時間がたまらなく楽しいのだという。

「でもね、自分が好きな音楽以外はまったく興味がないんです。だから音楽が好きかと問われたら、正直分からない。そんな感じだから、中学生の頃、ラジオで今週のベスト10のような番組で流れてくる流行りの音楽を聴いてもまったく心を鷲掴みにされない。もちろん、その音楽が好きな人もいるでしょうが、ぼくとは関係のない音楽と考えていましたね。現代の音楽シーンもそれと同じ感覚で、流行っている音楽を聴くことはほとんどないです。だけど、その音楽がダメというわけではないありません。ぼくが興味を持っていないだけですから」  ヒロト氏は否定をしないし、なにかを敵視することもない。好きか、嫌いかではなく、好きか、好きじゃないか。嫌いじゃないから、否定はしないし、敵でもない。この思考ですべてと向き合えれば、争いはなくなるんじゃないだろうか。

 

ポリシーはいらない 必要なのは実感

シンプルな思考で物事と向き合うというのは簡単そうで、すごく難しいと思う。ただヒロト氏に投げかけた「昨今は音楽配信が主流な中、レコードやCDのみを出し続けている理由は?」という問いに対する答えには納得しかなかった。

「それはすごく単純な話。自分の親父は商売人で、自分が欲しいものを形にして、それで商いをしていたんです。ぼくもそれが当たり前だと思っていて。例えばお客さんが喜ぶから、自分は使ったこと、触れたことないけど『こちらをどうぞ』と、売る気持ちにはどうしてもならないんですよね。自分が使ってもなくて、実感がわかないものはぼくは売れない。逆に自分が買いたいものとなればレコードなわけで、そしたらレコードを作るのは当たり前の流れだと思いませんか」

実感がわかないものは作らない、売らない。とても正直でシンプルな思考だ。我々もある意味時代に逆行してフリーペーパーを4年ぶりに刊行するという話をすると、

「良いと思います。ただね、レコードもぼくは欲しいし買いますが、俯瞰して世の中を見たときに、どれだけ欲しがっている人がいるかってことを考えたら、商売としては絶対やっちゃダメなことなんです」と、真面目な顔でヒロト氏が話すから、取材クルーは思わず笑ってしまった。そういう意識はヒロト氏にもあるんだ! 「もちろんその感覚はあるんですよ。その上で大手のレコード会社と手を組んで、CDも出しますしね。配信という声もありますが、配信はちょっとね。まだ実感がわかない。実感がわかないだけで、別に忌み嫌っているわけでもなんでもない。そのうち実感がわけばコロッと配信もするかもしれない。それぐらいもの」  配信の是非を問うたこの話題の最後に、ヒロト氏はこう言い、それがとても印象深かった。

「ポリシーがあるわけじゃないから」

一般的にポリシーがない人間はつまらない、すぐに周囲に流されると捉えられ、それが良くないことだとされがちだ。ただ、ヒロト氏は平然と自分にはポリシーはないと話した。 ポリシーとは、自分が強く信じていること、普段から大切にしている価値観だったり、他者の意見に左右されず、自分が正しいと信じる物事の基準である。今まではこの一本芯の通った考え方が重視されがちだったが、そうじゃなくて良いと感じる。「好きか好きじゃないか」「合うか合わないか」「やりたいかやりたくないか」、これからはそんな視点で物事と向き合ってみても良いかもしれない。きっと今までよりもすべてがクリアに見えてくるはずだ。

衝撃が生み出した波紋に自身の心をのせて

惹きつけられるものに衝動のままに心突き動かされ、好きなことをとことん追い求めていく。これが初めてロックンロールに触れてからのヒロト氏の 生き方。なぜ中学生の頃から変わらず、大人になってもロックンロールを心の底から楽しむことができるのだろう。

「初めてロックンロールを聴いたときの衝撃はぼくの中に考え方から一変させる波紋を起こしました。この波紋は今も心を鷲掴みにされる音楽に触れる度に生まれていて、感じたことを自分たちの音楽で表現しています。ぼくはこの波紋が世の中を動かしていると思っていて、そう考えると衝撃はたくさんあった方が良い。ときにはネガティブなニュースが波紋を起こしてしまうこともあるんだけれど、それだけじゃつまらない。だからぼくは、小さくても良いからだれかにとっておもしろい衝撃の一つでありたいと思っているんです。社会を良くしようなんてまったく思っていませんが、その衝撃によって起きた波紋が何か良い影響を与えることができたら良いなとは思います。」とヒロト氏。

「衝動に突き動かされるままに」 「自分がおもしろがることを」  子どもの頃は確かにそんなシンプルな生き方をしてきた。ただ、社会に揉まれる中で”こうあるべき“というルールを勝手に作り、自分で自分を縛ってきたのかもしれない。ヒロト氏と話をしていると、地位やお金のことを気にしたり、すごく自分自身が汚れてしまったような気さえする。その考え方に関しては、ヒロト氏は穏やかにこんなことを言った。

「それは別に良いと思いますよ。その人の生き方ですし、まったく悪いことじゃない。例えばお金が好きならとことん稼げば良いんです。ただ、ちゃんと好きなものであれば堂々と言えなきゃダメですし、お金が好きという方がいたとしたら『好きなんだから手放しちゃダメだよ。一銭も使っちゃダメだよね』と言いたい。もし稼いだお金を使ってほしいものがあるなら、それが好きなことなんじゃないかって、ぼくは思うんですね。ぼくの場合、自分の心を鷲掴みにする音楽やレコードが好きなもの。だから手に入れたレコードは手放さないですし、名盤といわれるようなレコードほど聴きまくっています。絵画、映画、本、ドラマ、ゲーム、推しのアイドル、好きならなんでも良い。自分を笑顔にしてくれるモノ、大好きなコトに迷わず突き進んでいって、そこに多くの人がワクワクすれば、ネガティブな事件は起こらない気がするんですね」

ヒロト氏の思考はとことんシンプルで、ストレートだ。余計な考えはできるだけ挟むことなく最短距離で自身の答えを導き出していると感じる。 まずは“やりたいことをやってみる。できる方法を考える”というところからスタートしてみたら、意外と新しい扉は簡単に開くのかもしれない。

扉というキーワードではこんな話が出て、それも興味深かった。ザ・クロマニヨンズが2023年にリリースした『イノチノマーチ』。大人も子どもも楽しめるNHKのテレビ番組『ギョギョッとサカナ★スター』の主題歌になっていて、子どもも耳にする機会が多い曲だ。 「10代の子たちに耳にしてもらえる、いわゆるパイプになるような曲もいくつかあります。それは大変ありがたいことで、ぼくはそういうものが新しい何かを見つける扉になってくれたら良いなと思うんです。テレビ番組を見て、期せずして『イノチノマーチ』を聞いて、ロックンロールに興味を持つきっかけになる。その先にある扉を開けてみたら”ロバート・ジョンソンがいた“、”ジョン・リー・フッカーがいた“、みたいなきっかけになってくれたらうれしい」 ヒロト氏もそうやって衝撃を受け、生まれた波紋に影響されながら新しい扉を次々に開いてきたのだろう。そしてそれは60歳を過ぎた今も変わらない。  自分の中にそう感じるモノ・コトがあるだろうか。もしあるならそれを改めて大切にし、突き詰めていくことで違った扉が開けたり、思わず笑顔になってしまう波紋が起こるかもしれない。そしてポジティブで前向きな波紋は”夢“に繋がる。

 

やりたいことを持ち続けていれば

”夢“という言葉はザ・クロマニヨンズの楽曲にもたくさん出てくる。ヒロト氏は”夢“をどう捉えているのだろう。

「”夢“という言葉は曖昧で、難しいんですね。人それぞれで捉え方が違う場合が多く、そうなるとそもそも会話さえ成り立たない。例えば、小学校で先生が『みんなの夢はなんですか?』という質問を投げかけると、多くの子どもは将来なりたい職業を答えます。ただ中には『外国に住みたい』『働きたくない』など、”夢“=やりたいことと捉える子どももいる。ぼくも”夢“ってやりたいことや、生きる目的、自分を捕らえて離さないものだと思うんです。警察官になって、何をしたいのか。コックさんになって、何をしたいのか。その”何をしたいのか“が大事。もしかしたらやりたいことを考えたときに警察官じゃなくても、できることかもしれないわけで、もし警察官になれなかったとしても”夢“が叶わなかったなんてことないんです。想定通りにいかなくても、やりたいことが見つかっているんだから、儲けもんぐらいの気持ちでいないと。きっと、”夢“がないという人も多いと思うんです。それは悪いことじゃなくて楽しく、幸せだったらそれで良い。でも、生きていたらいきなり雷が落ちるぐらいの衝撃を体験して、そこから一気に人生が動き始めることもある。ぼくの場合はそれがラジオで聴いたロックンロールだったわけで、出会えたこと自体がめちゃくちゃ幸運ですよね」

やりたいこと、生きる目的、自分を捕らえて離さないものがあるなら、とことん楽しみながらやっていく。ヒロト氏の言葉に一貫しているのはこの本能的でストレートな思考だ。できる、できないではなく、楽しみながらやってみること。結果は求めない。できたらラッキーぐらいの感覚だろうか。そういう考えに触れ、とても気持ちが楽になった。必要に迫られ、時には自分を追い込むことはあるけれど、基本的には無理はしないスタンスを貫くヒロト氏。”夢“が叶わなくても、やりたいことを続けることができる人生であれば、儲けもんだ。  時に”夢“は捨てたということを口にする人がいるが、ヒロト氏は「”夢“は捨てられないもの。もし捨てられたとしたら、それは”夢“じゃなかったんだと気付いた方が良い。逆にこれから本当の”夢“、やりたいことが見つかるかもしれないってワクワクできるんだから楽しみしかないでしょ」と笑った。

たった10年で人生なんて一変する

50歳を過ぎたらなんとなく将来のキャリアや老後設計を考え始めるという話をちらほら耳にする。決して守りに入っているわけではないけれど、攻めまくるのとも違う。まったくそうは見えないけれど、ヒロト氏もOver-60だ。でも40年前から本当に変わらない。その理由はこのエピソードにヒントがある気がする。

「まず50代なんて、まだまだですよ。ぼくは12歳で初めてロックンロールに触れ、上京してバンドを組んだのが20歳そこそこ。その後、たった10年で武道館のステージに立つことができた。そう考えれば50歳過ぎてからの10年だって変化しないわけがない。すごいことが起こせるし、想像以上のことが起きるかもしれない。だから50代、60代になってもワクワクしながら10年後を夢見た方が良い」

今がゼロだとしても、もしかしたら明日、変わり始めるきっかけと出会うかもしれない。むしろその可能性の方が大きいというポジティブなメッセージに心の中に火が灯された感覚だ。

「ぼくは20代のころからずっと言っているんですが、ロックンローラーのピークって初めてレコードを聴いた瞬間だと思うんです。その時の衝撃、それで生じた波紋が最高潮。ということはぼくは12歳の時をピークに落ちていくか、現状維持していくしかない。だからぼくはずっと変わらずレコードを聴き続けていますし、レコードを聴いて感じた波紋の源流を辿っていくことをやめていない。源流を辿るというのは例えば、ぼくが衝撃を受けたミュージシャンが同じように影響を受けたであろうレコードを、その当時の音響機器で聴くとかね。そんな風にして10代から今まで、ずっと変わらずにロックンロールを楽しんでいます」

なるほど、ロックンローラーとしてのピークは確かにそうかもしれない。ただ、甲本ヒロトという人間のピークはずっと更新し続けている気がする。  ヒロト氏のさまざまな考えに触れ、「普遍の価値」「普遍の存在」というものが見えた気はする。ただ「普遍」について最後に問うとヒロト氏はこう話した。

「普遍というのはそもそもないんじゃないかな。人間だって役目を終えた細胞は死に、新たにどんどん生まれ変わっているわけで、そう考えると昨日のぼくと、今日のぼくは違う。壊して作って、壊して作っての繰り返し。この世に変わらないものはなくて、普遍なのはその変わり続ける動きのことだとぼくは思う」

2025年のフジロックフェスティバルのステージでヒロト氏はこう言った。 「世の中がどんどん壊れていくのはなんでか分かるか?新しくなるためだ!」  改めて言おう。

”甲本ヒロトって、やっぱりかっこいい“

福岡限定配布のフリーペーパーにご出演いただいた、甲本ヒロトさんに、心から感謝を。

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