SAPIENS Int. 創業170年の普遍。白糸酒造八代目当主 田中克典
日本酒の普遍的な価値とは、その土地の水と土と米で造ること
タンク1本から始まった 「田中六五」
今や全国でも有数の農産地として 知られる福岡県糸島。
糸島は酒米・ 山田錦の産地としても名高く、現在 も地域には複数の酒蔵が点在。その いずれもが糸島の風土と水を活かし た個性ある酒造りを続けている。
その 中の一つが、今回訪れた「白糸酒造」 である。糸島の山あいに蔵を構え、今 年で創業170年を迎える老舗だ。 福岡を代表する銘酒「田中六五」を 生み出した蔵元としても知られ、今で は福岡県内外のグルマンたちから 高い評価を受けている。「田中六五」は、 地元の米と水にこだわり抜いた一本 として、食中酒の理想形を体現する 存在になっている。そんな白糸酒造の 八代目当主に就任したのが田中克典 氏である。若くして蔵を率いる田中氏 に、日本酒と「普遍」というテーマについて話を聞いた。まず、先祖代々続く酒蔵の家に生ま れ育った田中氏が、どのような経緯で家 業を継ぐ決意を固めたのかを尋ねた。
「幼い頃は、やはり『酒蔵の坊ちゃん』 として扱われていました。当時、糸島市 芥屋地区を拠点に活動していた杜氏 集団『芥屋杜氏』の方々が、冬場になると蔵にやって来て仕込みを手伝ってく れていたんです。彼らは寒い中、ストー ブに当たりながら私に『継ぐとね?』と よく声をかけてくれました。 私の 息子が『九代目」と呼ばれているのと 同じようなものです。そうやって周 囲に期待されながらも、当時の自分に はまだ蔵を継ぐという実感はありま せんでした。高校卒業後は父の母校で もある東京農業大学の醸造科学課に 進学したのですが、環境にあまり馴染 めず、サークル活動ばかりしていまし たね。でも、四年生になって研究室に 入り、初めて酒造りの実習に参加した 時に、私の酒造り人生がスタートしました」
しかし順調に進んでいた学生生活 は、ある出来事をきっかけに研究室に 通えなくなり、そのまま卒業を迎えて しまったのだ。進路に迷っていた彼を救ったのは、家族の縁だった。
「祖父の弟が国税局の鑑定官室長官 をしていたんですが、その紹介で広島 の酒類総合研究所に入ることができ ました。そこから本格的に酒造りに向 き合うようになり、『新政酒造』の佐藤 祐輔さんとも出会いました。彼の情熱 に触れたことで、酒造りの面白さを 改めて感じました」
だが、研究を重ねながらも将来に迷いが生じた時期もあった。そんな時 に手を差し伸べてくれたのが、佐賀県 「五町田酒造」の勝木慶一郎氏だった。
「勝木先生から「うちで学びなさい」と 声をかけていただいたんです。糸島が 山田錦の産地だから、五町田酒造での 経験が地元の酒造りにもきっと役立 つと考えてくださったようです。25歳 の年に半年間修行し、よう 家業に 戻りました。家業に戻るまでの25年間 を振り返ると、私は多くの人に導かれ 支えられていたんだと思います。」
東京農業大学を卒業し、さまざまな 経験を経て勝木氏と出会った田中氏 は、帰蔵後すぐに「田中六五」の製造に 取りかかった。
「福岡に戻ってすぐ父に現場に入り たいと申し出て、タンク一本から「田中 六五』の仕込みを始めました。同時期 に『博多住吉酒飯』の庄島健泰さん も福岡に戻っており、造り手と売り手 の立場で発信していこうとなりまし た。『田中六五」という名は、勝木先生 と相談して決めました。田んぼの中 の蔵だから『田中』、そして先生の酒 『東一』の精米歩合66%から『六五』を いただきました。最初は一升瓶600 本ほどの小仕込みでしたが、庄島さん の尽力で販売が軌道に乗り、今年で 15周年を迎えることができました」
目指しているのは 「NormCore (究極の普通)」な日本酒
銘酒「田中六五」の誕生とともに、田中氏の酒造り人生は本格的に動き出した。しかし、現在のように安定した味 や供給体制を築くまでには、数え切れないほどの試行錯誤と時間があった という。
「製造当初の『田中六五』は、自分たちの 想定外の出来でした。『造った』というより『できた』に近いと思います。味わい の方向性は見えていたものの、設備も 十分ではなく、再現性のある仕込みには 程遠かった。それでも、造り手としてごこ れだと思える一瞬の手応えがあったん です。その感覚をもう一度再現したい と、翌年から蔵の環境を少しずつ整え ていきました」。
その後、蔵の建て替えを経て、温度や 湿度の細かな管理が可能になったこと で、酒の品質は飛躍的に安定した。
「現在のように狙った味に近づいたの は、造り始めてから9年ほど経ってから です。醸造蔵の新築を機に蔵内の温度 管理が可能となりました。それからは (田中六五の)醸造を自分の意志でコン トロールできるようになり、味も安定 したのだと思います」。
こうして少しずつ積み重ねた改良の 結果、「田中六五」は福岡を代表する酒 へと成長していった。今では居酒屋か ら高級和食店、寿司店まで、県内外のあ らゆる飲食店で提供されている。田中 氏はその背景をこう語る。
「庄島さんと『福岡の定番酒を』という 想いで始めました。当時、九州は焼酎の イメージが強く、日本酒文化は影が薄かった。ですが、新潟には誰もが知る銘酒があります。福岡にもそういう酒を、 と思い造り続けてきました。『田中六五』 がさまざまなお店で扱っていただける 理由は、さまざまな場面で呑めるレンジ の広さにあると思います。福岡の定番 酒として、これからもより多くの人に 愛されたいですね」。
2023年には企業理念として「Norm Core(究極の普通)」を掲げた。飲み手にとって、ちょっと良い酒とい う印象が定着し、福岡の定番酒として の地位を確立した。
「福岡のように舌の肥えた土地で長く 愛されるには、どんな場面でも同じク オリティを提供する必要があります。 そのため、私は多様なタイプの酒を出 さないようにしています」。この言葉に は、「田中六五」に徹するという強い信 念がにじむ。
では、170年続く蔵元の視点から 見た「普遍」とは何か。
「私は『ここにあること』が酒造りの普 遍だと思います。日本酒はその土地の 米と水で造られるもの。白糸酒造のあ る場所は糸島でも珍しく水源が少ない 地域ですが、170年間ここで酒を造り 続けてきたこと自体が普遍です。今年、 創業170周年記念として7つの蔵と コラボした『酒の七福神』を仕込みまし たが、同じ方法で造っても全く違う味 になりました。その時改めて、私たちの 酒は糸島のものだと実感しました」。 糸島の大地と水に育まれた米から生 まれる「田中六五」。それは今も、そして これからも、福岡を代表する普遍の酒と して人々に愛され続けるに違いない。
白糸酒造
福岡県糸島市本1986
TEL: 092-322-2901
Instagram:@tanaka65_shiraito1855
創業170周年・田中六五販売15周年を記念し、全国7つの酒蔵と共に7種類の日本酒を造る「酒の七福神」 プロジェクト。このプロジェクトには、新政酒造 (新政)、澄川酒造場(東洋美人)、 せんきん (仙禽)、日々醸造(日日)、冨田酒 造(七本槍)、若波酒造 (若波)、 花の香酒造 (産土) の7歳が参加。
各蔵を福岡県糸島の白糸酒造に招き、想いのこもる酒米で共に仕込みを行っている。 伝統や技術を共有し完成した酒が、 日本酒造りの新たな可能性を拓く一歩となるだろう。






