最後に自分の芯に戻ってくることが重要。迷い、悩み、ブレることは弱さではない。(後編)
目の前の小さなクリアの積み重ねでしかない
ここまでインタビューをしてきて、テレビ越しに見てもストレートに受ける”強さ“はひしひしと感じることができた。チープで薄っぺらい質問かもしれないが、大迫さんのこの強さ、モチベーション、バイタリティはどこから生まれてくるのだろう。
「先の未来を見すぎてもダメというのが僕の持論。まずは今、目の前にあるやるべきトレーニング、目標を達成することが大切です。極端な話、明日の午前中のことさえ考えないこともある。今とちゃんと向き合い、自分が歩んでいる道の足元をしっかり、的確に見ることができれば、モチベーションに直結することは、それこそゴロゴロと転がっているはずです。1本1本、一瞬一瞬を大切にし、きつさや大変と感じる理由を自分なりに考え、理解し、次につなげる。単調かもしれませんが、それをこなしていくことで日々、達成感を得ることができる。正直、僕はレースの細部を振り返ることもあまりしてきませんでした。その理由は、レースはただの結果でしかなく、考え、学ぶべきはプロセスの方だから。これは、走る以外のことでも同じことが言えると思います。そういった意味でも、ただただ今の自分と向き合う孤独な時間が大切になってくると僕は考えます」。
漠然とした不安を分析し、正しい道を歩む
東京オリンピック後のコメントで何度か出てきた「まっすぐ」という言葉も大迫さんを象徴するキーワードの一つだ。自身が信じた道をまっすぐ進むことは、ある意味、理想的とも言える生き方だが、周りの声や評価が邪魔をして、貫くことが難しい場合は往々にしてある。大迫さんはどのようにして、これまでまっすぐ信じた道を進んできたのか。
「はみだしたらどうしよう、異端と思われたらどうしようといった不安があるから、まっすぐ進むことができないという声をよく耳にします。でも、不安は自分の中にある妄想でしかありません。そんなことに一方的にとらわれないで、その不安はどこからくるものなのか、なぜ、そう思うのかといったことを冷静に考え、自分なりに分析してみたら良い。そうすれば、大体の不安材料には対処できるはずです。また、その不安につきまとう言葉をポジティブに捉えてみるのも一手。例えば、レース終盤、もう無理という状況でも、無理とは思わない。むしろ、どうやって残り数キロを乗り切ろうとか、練習でもこのぐらいきついことがあったなとか、自分ができること、実践してきたことをイメージするのと同じ。今、どこがきついのか、なんできつくなっているのか、モヤッとしている不安を細かくわけて分析することで、進むべき道は見えてくると思います」。
選手や競技の価値を高めていくために
午前7時と早朝のスタートながら、世帯平均視聴率31.4%(関東地区、速報値)を記録した東京オリンピック男子マラソン。これは東京オリンピックの競技のなかでも第2位にあたる高視聴率だった。それだけ注目されたことを大迫さんはどう感じているのか。『決戦前のランニングノート』でプロダクト(競技者としてのクオリティ)とパッケージング(ビジュアル、SNSなどセルフプロモーション)について書かれていたことに触れ、聞いてみた。
「アスリートにとって大事なのは、自身のクオリティをアップすること。つまりプロダクトが最重要だといった内容のメールをコーチからもらったんです。ただ、僕はこの意見には賛同できませんでした。サッカーや野球のようなスポーツとは違い、僕らのような準マイナー競技は意識的にパッケージングも考えていかないと、選手はもちろん競技の価値を高めることはできません。未来の選手たちがセカンドキャリアに不安を持たずに活動できる環境を作り上げる意味でも、マラソン選手も自分自身のブランディングが必要になってくるでしょうし、そういう発信を自らできるような存在にならないといけない。マラソンは正直、ただひたすら走り続けるスポーツかつ、競技としての歴史も長いため、なかには古臭いというイメージを持つ人たちもいるでしょう。僕はそういうイメージを払拭したいと思い、今まで競技者として走り続けてきました。極端に商業感を出す必要があるとは言いませんが、今後、マラソン競技をするアスリートにはセルフプロモーションも視野に入れてほしい。それもあり、新たに立ち上げた株式会社Iでは、アスリートたちのアウトプットのお手伝いも行っていけたらと考えています。そういった考えから、東京オリンピックで高視聴率だったという結果は少なからず、うれしいことではありますね」と大迫さんは話してくれた。
ときには開き直りも必要。重要なのは考え方の転換
「スタートラインに立つということは、僕の中ではひとつの勝利」と、2019年8月30日に出版した著書『走って、悩んで、見つけたこと。』(文藝春秋)で書いていた。妥協なくスタートラインにたどり着いたことに対して達成感を覚え、それは敗戦、リタイアしたレースでもかすむことはなかったという。
日々の葛藤と闘いながら取り組んできたハードな練習、いろいろなものを我慢した時間が思い出され、あとは42.195kmを走りきれば終わる。そんな開き直ったような気持ちになる。つまり、それは「やれることをやるしかない」という、覚悟ともとれる心境だろうか。新型コロナウイルスにより、「苦しい」「厳しい」といったネガティブな表現があふれかえる今。そんな時期でも起業し、自身が走り続けてきた道の延長線上で、新たなアクションを起こす大迫さん。この環境の変化をどう捉えているか。
「変化ではなく進化という捉え方をしていくべきではないでしょうか。例えば、株式会社Iで行っているアスリート育成事業も、こんな状況下だから現地に足を運ぶことができないケースが多い。でも、現地に行かずともオンラインという選択肢がスタンダードになっています。僕が現地に行くのに数時間かかっていたことが、クリック一つ、一瞬でつながることができます。もちろん現地で直接コミュニケーションをとった方が良いケースもあるとは思いますが、オンラインでも事足りて、かつリアルに実施するより、さらに多くの方にレクチャーできるなら、それはコロナ禍ならではのメリット。要は考え方の転換が必要になってくるということ。もちろん失敗も多くするでしょうが、コロナ禍ならではの成功体験もたくさんあるはず。そんな柔軟な考え方を大事にしていけたらと思っています」と大迫さんは話す。
流れに身を任せながら不可能と付き合う
『決戦前のランニングノート』に、コロナ禍に対して大迫さんが考える印象的なコメントがあった。
「コロナ禍で競技をする上では、ある程度流れに身を任せること、出たとこ勝負で対応すること、不可能なことに抗ってはいけないということを学んだ。何かに抗う、何かと争うのは疲れる。争わなくちゃいけないときには僕も争う。でも、自分ではどうしようもないことと、どうにかなることを区別している」。
自分ではどうしようもないこと=コロナ禍と捉えると、前述したオンラインによるセミナーは、”ある程度流れ身を任せ、出たとこ勝負で対応している“と言えるだろう。このような柔軟なスタンスが今後、さまざまなシーンで必要になってくると考えると、状況をポジティブに転換することができるかが重要になってくると感じた。大迫さんが語る「まっすぐに進んできた」とは、決してたただた頑なに自分の意思だけを貫き、常に正解の道を歩んできたという意味ではない。
「不安症な性格ゆえ、自分の中で考えが揺れていないときはない」と語るように、強くなりたいからこそ迷い、ときにはブレ、失敗も繰り返しながら、自身が目指す目標に向かって走り続けてきた大迫さん。「選ぶ道がすべて正しいなんてことはありえません。大切なのは、どれだけ寄り道しても、失敗しても、最後は自分の芯である部分に戻ってくること。それがまっすぐに進むということであり、強さではないでしょうか」。
”生き抜く“というテーマを中心に話をうかがった今回のインタビュー。我々が思い描いていた、”大迫傑=孤高の人、強さの象徴“といったイメージは、間違いではないと確信した。ただそれは表層的なものではなく、より深く彼の考え方に触れた上での確信だ。
どれだけ失敗しても、ブレても、必ず自分の芯に立ち返ること。悩みつつで良い。むしろ、悩まない方が不自然なことだ。まずは、今目の前にある、自分自身ができることを着実にクリアしていく。そして、そのプロセスをもとに、喫緊の目標を設定する。5年先、10年先といった未来を案じすぎないことで、きっと新たな可能性はやってくる。不可能なことには抗うのではなく、ある程度身を任せ、柔軟な思考でポジティブな要素へと転換する。直接的にそんな言葉をかけられたわけではないが、大迫さんが今まで実践してきた経験、今まさに踏み出した起業という新たなスタートから、そんなメッセージを感じ取った。
株式会社 I(アイ)
[ 本社 ] 〒150-0002 東京都渋谷区渋谷1-1-3 アミーホール
Sugar Elite
大迫氏が主宰する
「世界で戦える陸上長距離選手を日本から輩出する」ためのプロジェクト。