SAPIENS TALK Vol.8 田中 知之(FPM)(6最終回/6)「 センスの純度を磨く」
プロにしか出来ない「5%」への追求
小柳:最後にいくつか質問をさせて頂いてもよろしいですか。僕が厚かましくもこの場に田中さんに来てもらいたいなっていうきっかけが、実は昨年の秋に出演されていた「KARASUMA大茶会」なんです。
田中:確かにこれは僕のFacebookとTwitterでまぁまぁバズりましたね。Twitterでシェア1,000件くらいいってたんじゃないかな。「大丸京都店」さん主催でお茶とコーヒーを出すイベントだったんですけど、昼下がりの15時からDJをお願いされて、僕もよく分からないまま会場に行ったら、公園にポツンってDJブースがあって。
ブースの前にしか椅子がないから、おばあちゃんたちがそこに座っちゃっているんですよね。
「このおばあちゃんたちが僕のDJを待っているわけないな」と思って。「ここでDJをやったら、うるさいって帰っちゃうだろうな」と思ったんですけど、それでも開演時間になり、仕方なくDJ始めたんです。そしたら思いのほかおばあちゃんたちがどんどんノッてきてくれて。
小柳:そうなんですね!
田中:結構マニアックな選曲を準備していたので、誰も知らない音源を1曲目にかけたんです。自分の心が折れそうになるところを「爽やかな風が吹く中でおばあちゃんたちがお茶飲み話をするBGMとしては最高の選曲をしてやろう」と思い、1時間のDJを始めました。おばあちゃんたちに媚びることもなく、自分が日曜日の公園でかかっていてほしい心地よい楽曲を丁寧にミックスしていったんです。「マニアックな曲を延々と聴かせて、だんだんテンポが上がって最後に皆さんが知ってるだろう曲をおもむろにプレイして盛り上げる」っていうセオリーをここでもやったわけですよ。
おばあちゃんもシャンソンの原曲は知ってるんじゃないかなと思って「ラ・ヴィ・アン・ローズ」のボッサビートのカバーをかけたんです。そうしたら、おばあちゃんたちが手拍子しを始めてくれて、リズムを刻んだり身体を揺らせ始めてくれて(笑)。プレイが終わった瞬間には拍手喝采をいただきました。
小柳:おばあちゃんたちもノッてきたんですね!
田中:僕がDJとして何かを「感じる」瞬間って、結局グルーヴが出来上がってきた時なんですけど。このグルーヴは自分が作るものじゃなくて、お客さんが自分の音楽を一回取り入れたことで出す波動みたいなものなんです。同じDJの沖野修也君ともいつも話すんですけど、これは自分らが狙って作れるものじゃないんですよ。僕の音楽を取り入れたお客さんから楽しい感じの波動が出て、それが空気を作っていく。僕もそれにのせられて楽しくなるんですよね。そういった相乗効果が生まれるのがいい現場なんですけど、この会場でそういう空気を徐々に作れたんです。
いつも思うんですけど会場に1万人のお客さんが入っていても、ろくでもない空気しか出せていないイベントだってあるし、自分もいくら頑張ってもいい空気が出せず悔しい時もあるんですけど、この日は出せたと思うんですよ。だから自分でも「すげぇな」と思って。と言っても人数は大したことないんですけどね。
小柳:人数関係なく「いい空気」というのは出せる時と出せない時があるんですね。
田中:これから仕事がAIに取って変わっていく時に「喫茶店で流れる音楽としてベストなものを選びなさい」とか「FPM田中が選曲したような美容院の音楽を選びなさい」って言ったら、僕の過去のアーカイブやCDの選曲を引用して、AIでも選曲が出来ちゃうと思うんです。でもここの現場にAIがDJとして参加して、おばあちゃんたちを前にして1時間のDJセットをこなしていいグルーヴまで持っていけるかというと、僕は絶対に無理なんじゃないかなと思っています。
だからまだまだこの仕事をプロとして自分がやっていくためには、仕事の95%の部分はもしかしたらAIにも賄えるかもしれないけれど、その先の5%に常に到達するポテンシャルや術を追求し続けるしかないんじゃないかなと思って。
例えばソムリエみたいな仕事でも、「今買えるワインで一番ベストなものを」とか「この料理に合うものを」とか言われたら、過去の素晴らしいソムリエさんたちがデータを公開されていたら、それにリーチしてAIにも出来てしまいますよね。でも「そこを出してくるか」って誰も考えつかないペアリングで出すことはAIには決して出来ないと思います。
それは全ての職業で言えると思うんです。95%まで出来ても残りの5%は絶対AIには出来ないはずだから、その5%の差が人力だったり「プロであるということ」かなって。
小柳:絶対そうですね。5%をちゃんと意識してやるということが、仕事をする我々の最後の拠り所かもしれないです。
センスの純度を高める
小柳:小柳:もう一つ質問です。90年代にバブルがはじけて、2000年にテロが起こり、2011年に東日本大震災が起きて、2020年はコロナだったじゃないですか。10年ごとに何か起こっていますけど、これを受けて30年の時代変化にどう向き合ってこられたのか、そして僕らはどうやって向き合っていくべきか、考えをお聞かせいただけますか。
田中:皆さんいろいろ悩まれていると思うんですが、結局「時代の変化に自分を合わせようと思っても仕方ないな」と思ったんです。それは僕に限った話なんですけど、結局自分の中にあるセンスの純度を高めるということで、下手に時代を取り入れたりする必要はないと。それが僕の答えですね。
小柳:「自分の中にあるセンスの純度を高める」ですか。
田中:この間まで全然ピンとこなかったものが、ピンとくることってあるじゃないですか。例えば前までアメリカのカントリー・ウエスタンみたいな音楽が全く嫌いだったけど、ある時「これってもしかしてカッコいいんじゃないの?」ってなる瞬間があったりして。それって自分の中のセンスが自分なりの答えを出しているんですよね。ニュース等で「アメリカでカントリー・ウエスタンが再評価されているらしい」という情報を取り入れて聴くっていうのとは違うんですよ。僕は圧倒的に、世の中で「今はこれだよ」と言われているところに順応するのではなく、自分が今ときめくものに関してフォーカスする方がいいと思っています。
小柳:「自分のセンスの純度を高める」すごくいい言葉ですね。
最後に一つ質問させてください。田中さんがこれからやりたいこと、実現させたいことって何ですか。
田中:「終活」ですね、もう今もやっていますけど。良い音楽に出会うたびに「この曲自分のお葬式にかけたい」と思うんですよ。そんな音楽を探しているし、今作ってるアルバムも人生最後のアルバムになってもいいように、究極に自分が感動出来て泣ける、そんな音楽を作っています。今年57歳になるんですけど、本当にそういう気持ちでやっていますね。例えば若い時は「この仕事面白くないけど、この人から今仕事を我慢して受けておけば、将来的に面白い仕事をもらえるかもしれない」って下心で仕事を受けたりしたことも正直あったかもしれないんですけど、この年になったら老い先が短いのでそんなつまない仕事を引き受ける暇はないんですよね。自分がやりたくない仕事をやっている時間はなくて「自分のお葬式で流すための音楽に一曲でも多く出会いたい」とか「自分が遺作として残す楽曲の完成度を少しでも上げたい」、今はそんな風に思っています(笑)。
小柳:でも90歳まで生きるとしたらあと30年ありますからね!どれだけの音楽を生み出されるか楽しみです。
田中:とは言え、映画音楽や映画の選曲など、自分が若い時からやりたかった仕事がこの年になって初めて実現してるということもあるので。そういう意味では終活以外にもやりがいを持って仕事が出来る非常に恵まれた環境にいるのかなと思っています。
小柳:まだまだチャレンジは続きますね!今日は田中さんの一生を振り返りながらたくさんいいお言葉をいただきました。どうもありがとうございました!
田中:ありがとうございました!!
<終わりに>
個人的に、すごいな〜と思っていたアーティストさんであり、幸運にも個人的にお知り合いになってから、さらにその人柄に惚れてしまった田中さんと、100分のトーク。
「DJとして、世界で活躍している」と聞くと、我々もすごく構えてしまいそうだが、実際の田中さんは、来場されたゲストのみなさんに語りかけるように、そしてみんなが聞きたいであろうことを、ちゃんと話してくれるという、なんとも言えない優しい、安心感が漂っていた。さすが場の空気を支配するプロだと感じながら質問していました。
しかも話の内容が、まさに時代の中を生き抜いてきた田中さんのリアルな体験をもとにしたエピソードばかり。
後半に言われた「時代に合わせるのではなく、自分自身の”センスの純度”を磨く」という言葉が、すごく強かった。もっとも激しいと思われる「音楽業界」を生き抜いてきた田中さんのスタンスは、そういうブレない自分の軸から生まれているのだと感じた。自分の軸を、自分のセンスの純度を磨き続ける。難しいけれど、これからの時代やりつづけなければいけないと強く感じました。